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Writer's pictureまやはるこ

「電話」

懐かしい人から電話があった。

南米を旅した時、アルゼンチンで会った人だ。

30年前の夏のこと。私は南米格安航空チケットを利用して、ペルー・アルゼンチンからメキシコと気楽な一人旅をしていた。

電話のその人は旅の途中アルゼンチンで会った青年からだった。


「やっときたあ〜入社して3年目で実現したんです」彼は意気揚々として嬉しそうに私の方を向いて言った。

「ここはヨーロッパだなあ。南米じゃないみたいですね」たしかに。ヨーロッパと言われても納得できる。金髪の女性は毛皮を纏い、お洒落な紳士がコートの襟を立て足早に歩いているのだから。

冬空のブエノスアイレスの街を見上げて、うっとりしていた彼。その直後、背後から突然、二、三人の男たちが風のように通り過ぎたかと思うと、あっという間に彼の荷物は無くなっていた。呆然として「やっぱ、ここは南米ですね」と、彼が言った。

一期一会。気楽な旅をしていた私は、予定は行き当たりばったり。幸い現金は盗まれたがカードやパスポートは無事だったので、日用品は私のものを分けてあげた。

何とか彼は旅を続けて帰国したらしい。


帰国後、関東で勤務していた彼は、二度関西に遊びに来た。

鶴橋や通天閣など、串カツ、お好み焼き屋などを案内したらしい。というのは言われて思い出す程度ですっかり忘れていたからだ。

彼にとって強烈なアルゼンチン旅の始まりに立ち合った私のことが記憶に残っていたのかもしれない。


「あのーまやさんですか。僕のこと覚えていますか。〇〇です」

「まあーひっさしぶり!もちろんですよ」

「良かった!知らないと言われたらどうしようって、ドキドキものでしたよ」

ネットで調べたと言う。


用件を聞いてみると、「転勤で京都にいるんですが、定年を迎える今年、関東に戻るのです」一度会いたいという。しかし私は彼の顔は朧げにしか覚えていない。

なんたって30年も経っているのだから。


待ち合わせは、神戸新開地、創業60年の昭和の喫茶エデンでと伝えた。


床から昭和の香りがする、エデンに着いたのは昼前。

〇〇君は、ぽっちゃりしたおじさんになっていたが、記憶が蘇り、すぐに認識できた。


アルゼンチンでの時間が瞬く間に蘇ってきた。話を聞いていくと、忘れていた出来事を

取り戻していけるものなのか。次々と映画の主人公になったみたいに、ブエノスアイレスの

景色が浮かぶ。


〇〇君は銀行の窓口業務をしていた女性と結婚。二人の大学生の息子がいる。万年サラリーマン。可もなく不可もなく人生はこんなものかと思う。と話す。

「妻や子を大切にしてきたのだから、立派だと思うよ」と言うと、照れながら頭をかいていた。

でっかいドラマなど無いほうがいいに決まっている。彼もそれなりに、あったことだろう。

上手に距離をとったり、時には我慢をして、工夫をしてきたに違いない。


「定年後にね、今年冬になる前にスペイン巡礼の旅をする予定なんです」

「妻にお願いしたんです。最後の夢なんだ。行かせてほしい」と。

黙って聞いていた妻は、

「いいわよ。行ってらっしゃい」って、静かな声で返してくれたんです。


帰り際、〇〇くんとLINEの交換をした。

「奥さんに私のこと話しておいてね。誤解されると困るから」

今度は、二人で遊びに来てね。

新開地ではなく、夜景のきれいなハーバーランドに案内するね。

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